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わぶろぐ。

ミュージカルとか舞台が好きです。普段はTwitterに生息中。

応援してた人が自殺しました。

今年のまとめを別記事で今書いているのですが、どうしても振り返るにあたって通らなければならない出来事がありました。半年ほど経った今ようやくほんの少しですが落ち着くことができたので…書いてどうなるってわけではありませんが、なんとなく文字として残しておければと思ったのでちょっと書いてみます。

 

 

暑い夏の日のこと、友人からLINE通知が入りました。いつもの如く、なんとなーく開いてみると

「吉川さん、亡くなったらしい」

頭の中が真っ白になりました。情報をいち早く送ってくれた友人に感謝をしつつ、まだ詳しいことがわかっていなかったので色んなところから仕事放棄で一生懸命調べました。

ニュースにも出ました。

www.nikkansports.com

 

正直言うと、事故や病気ではなく、自殺ということがとてもショックでした。

SNS上では言わなかったですが、身内の方が亡くなったことと、メンフィス以降お仕事をお休みをすることは知っていました。

でも、このような人生の終わり方を吉川さんが選んだことは(別に友人でもなかったですが)残された人間にとってはとてもとてもとてもツラいです。

今更ココで意見を言ったところで吉川さんは戻ってきませんし、それが吉川さんの人生なので私が言える立場でもないと思います。

 

ですが、さすがにこの時は色々考えました。 

ファンって本当にただの傍観者なんだなと突き付けられました。

好きだから応援する、もっと知りたいから応援する…これからも応援したいのに当の本人がこの世にいない。しかも自ら命を絶った。

家族や友人を失ったときとは別の感情でした。応援してる方が亡くなるという経験は何度かあります。ですが、今回は自ら命を絶った。

悔しい、辛い、会いたい、でもこれがあの人の人生、赤の他人が口出しすることではない、お前(私)は別に知り合いではないだろう…

やり場のない悲しみと自分でも意味のわからない怒り。

今思い出すだけでも、グッと唇を噛んでしまう。

 

 

色々言いたい、色々書きたいのですが、吉川さんにとって失礼なことがあると申し訳ないし、それだけは避けたいので、ココからは吉川さんとの出会いから、いかに素晴らしい人だったかをいつも通り文章能力は皆無ですが、記していきます。

 

 

私と吉川さんとの出会いは98年のRENT。で、その時に山本耕史さんとも出会いました。

その当時私は小さかったので、RENTのストーリーについて100%理解することができませんでしたが、言葉に表すことができないくらいの衝撃を受けたのです。

終演直後、親に向かって「もう一度観たい!」と懇願しました。(近くのお客さんにめっちゃ見られた笑)

 

公演が終わり、親とご飯を食べて、さて!帰ろうか!というタイミングで前から歩いてくる男の人たちが。よく見ると、さっき舞台上に立っていたマーク(耕史さん)でした。

咄嗟に「あー!マーク!」ともうヒーローショーばりに声を挙げてしまったわたし…。

最初、ん?という表情でしたが、パンフレットを抱えていたのでそれを見た瞬間に、ニコーっ!と笑顔に変わったのをもう17年も前のことですが、よく覚えています。

で、その隣にいたのが当時スーパーバイザーをつとめていた吉川さんだったのです。(後から知った)

耕史さんに向かって「おもしろかったー!」と言ったら、知らないおじさんが横から

「こういう子が舞台を観続けてくれるといいなー」

と言ってくれたのを昨日のことのように思い出します。もちろん、ご本人たちは覚えていないでしょうし、私の横にいた親でさえも「そんなこと言ってた?」と言ってます(^_^;)

小さい時はなんとも思いませんでしたが、成長していくにつれてその言葉が頭から離れなくて。

あの言葉があったからこそ、吉川さんのことがもっと好きになりました。

そして、大人になった私は吉川さんのお言葉通りに劇場に通う毎日を送っています。

 

RENTを機に、耕史さんと吉川さんは一緒に仕事をするようになり、そこに音楽監督/コンダクター等としてご活躍されている前嶋さんが加わり、最強のトリオが出来上がりました。この3人が一緒に舞台を作り上げれば絶対にいい舞台になるんです。「絶対に」です。

 

最近のモノだと「ロックオペラモーツァルト」と「メンフィス」(どちらも吉川さんは翻訳・訳詞担当)

オペモツは今でこそ1789で燃えてますが、まだあまり馴染みのなかったフレンチミュージカルで。開幕してから口コミでぐんぐんとチケットが売れていき1週間のみの公演でしたが、千秋楽にはシアターオーブで立ち見まで出たという舞台。受注限定生産の公演CDは今ヤフオクで出ると一枚、3万とか4万とかの値段で取引されています。

メンフィスの完成度の高さは観た方ならお分かりいただけるかと。

その証として、今年の読売演劇大賞の上半期部門にメンフィス、吉川さん、耕史さんがノミネートされました。

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吉川さんの一番好きだったところは、全く違和感の無い翻訳・訳詞でした。王道的のようでスパイスも加えてくる演出ももちろん好きでしたが、吉川さんの「英語を日本語に変える力」は日本一でした。これは将来的にも吉川さんを超える人材は現れないと思ってるくらいです。

 

吉川さんの織り成す日本語はとにかくテンポと音とリズムがいいんです。無理に日本語にせずに、英語のままのところもある。だからあまり堅苦しく考えずにスッと身体の中に入ってくる。聞くんじゃなくて取り入れるって言ったほうがいいのかなぁ。

友達と普通に会話してても、「日本語」について考えることってあまりないじゃないですか。無意識に言葉を発している状態。その無意識をミュージカルでも味わうことができたんです。

 

他の輸入作品を観てても、英語歌詞を知っていると「ほほう、こういう風に訳すのねー」と思ってしまうのですが、吉川さんの場合はそういう気持ちさえも感じさせない、究極的に言うと「これもともと日本語で作られた作品なんじゃない?」と思えるくらいの自然体。

言葉の壁・言葉の違和感を余裕でぶち破ってくれるような翻訳・訳詞をしてくれる方でした。

 

メンフィスの公式動画を見ていただければ(ほんの一部分ですが)

輸入作品は「台詞や歌詞に違和感がない」っていうのが正解だと思っています。だから、わたしみたいに翻訳に注目している人以外「台詞や歌詞についてあまり覚えていない」っていうのが一番の素晴らしい感想だと。

 


ミュージカル『メンフィス』舞台映像 - YouTube

 

「吉川さんが演出してるから/吉川さんが翻訳してるから」という理由でチケットを買ったことも何回もあります。

フリーで活動されていて特に公式サイト等も作ってらっしゃらない方だったので、ファンレターを劇場or主催にお願いして預かってもらったこともあります。(手紙をどこに出していいのかわからないため)

いちファンでもあり、勝手に心の師として尊敬していました。

もっと吉川さんが手がける作品を観てたかったという気持ちはいつまでも絶えることはないです。特にメンフィスの演出をやって欲しかった。

メンフィスは作品として大変素晴らしかったですが、演出がちょっと弱い部分があったり、個人的にうーんと思ったところもあったので、今更ここで言っても遅いのですが、吉川さんに演出もやって欲しかったという気持ちがとても強くあります。

 

 

秋にお別れの会をやっていらしたので、お花(バラの花)だけ手向けさせていただきました。吉川さんは舞台初日にバラのお花を贈ることからそうされたようです。

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この時にも色々思いました。

帰りの電車では未だに信じられなくて、ぼーーーっとしていました。

何回も言いますが、わたしはただのファンです。祭壇を見てふと思ったのですが、吉川さんと直接お会いして、話し掛けたのは、初めて会ったあの日以来…17年振りでした。

手紙を出したり、トークショーでこちらから一方的には何回も見たりアクションを起こしたりしましたが、実際に面と向かって…はあの日以来。

なのに、ご本人がそこにいない。

変な感覚でした。

お別れの会ということで、吉川さんと親交がある方が大勢いらしてました。

だけどわたしは違う。

でもとても尊敬していた人のお写真がそこにある。

言葉にできない気持ちでした。

言葉を操る天才の吉川さんなら表現できるのかなぁ。

わたしはまだまだだなぁ。

 

記事を書いたけども、やっぱり終わりの言葉が見つからない。終わらせたくないだけなのかもしれない。

色々な感情がグルグルして…でも結局一番残った感情は「吉川徹さんが大好き」だったということでした。

ご冥福をお祈りします、ありがとうございました

という言葉はやっぱり言いたくない。

どっかの劇場で会える気がする。